治療法は自分で選ばないと後悔する

選択は自分の手で

ほとんどの人は自分ががんになるとは思っていません。いざ「癌である」との告知を受けた段階になって「まさか自分ががんになるなんて」と驚きのこもった落胆を経験するのです。

通院や入院、手術、余命など、がんに関わる治療面から生活が大きな影響を受けます。日常生活、仕事、家庭、人生、目標、価値観など、その人を根底から揺り動かすほど重大な出来事です。

こんな非日常が日本人の2人に1人の確率で生じているのです。明日は我が身です。

これだけ医学の進んだ今日においても、多くの人を死に追いやるがんに対して、研究機関、医師や病院は総力を上げて闘っており、できるだけ有利に戦うための方策も日々模索されています。

がんの治療に関してはこれまで蓄積された多くのデータがあります。いざ自分自身や愛する家族ががんになると、それは命にかかわるものであるゆえに、治療法の選択には非常に迷うことでしょう。

数字には説得力がある

治療法の選択にあたり、入手できる各種統計資料を参考にするのは自然な流れです。

たとえば、自分のがんについて「手術した場合、5年後生存率は90%」という資料があったとしましょう。このようなデータを目にした場合、数字には説得力がありますから、手術という選択をする可能性が高いでしょう。

ところが、同じケースでも「手術をした場合、5年後生存率は50%」となると、これは迷います。手術を選ぶにしても選ばないにしても、ある種の「賭け」だからです。

このように結果が不透明な場合、最終的な治療法の選択には自分の意思が非常に重要です。

というのも、多くの場合、家族は患者本人の意思より、医者の意見に引っ張られやすいという現実があるからです。心配が高じて他の多くの患者がしていることをやらせようとするのです。

考えなければならない点は、「他の患者の多くは手術をしても、抗癌剤治療をしてもがんに勝てなかった」ということです。では、同じことをさせようとするでしょうか。

選択肢考慮の時点でより自分の状態にぴったりの決定のために、統計資料や医師の意見、経験者の言葉、専門書などを参考にするのは大切なことです。

その先にあるファイナルアンサーを出す作業は患者が自分自身でしなけれななりません。なぜなら、その結果がどうであれ、最大限に影響を食らうのは自分自身だからです。

自分の願いより、医師や家族の意向を優先させ、その結果が「死」だった場合、死ぬのは意見を述べた医師でも家族でもないのです。もし恨みを持つようにでもなれば、誰にとっても幸せなことではありません。

あまり大きな声ではいえませんが、たいていの医師は「患者目線ではない」ということを知っておけば、より冷静な目線で物事をみることができるでしょう。